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芸能人ゴシップニュースブログ2014

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羽生結弦、激突からの苦しみ、強さ [スポーツ]

芸能人ゴシップニュースブログのmihoです

【羽生結弦、激突からの苦しみ、強さ】NHK杯では、4位と惜しくも表彰台は逃しましたね、でもその後の会見での羽生の強さには、潔さを感じましたね~、恰好よかったです。

undefined羽生結弦11月28日

11月28日、フィギュアスケートのグランプリシリーズ最終戦、NHK杯が大阪なみはやドームで開催されました、この大会開催する前から大変注目を集めていましたね~、それはなんと言っても羽生結弦選手が出場するかどうか…だったのではないかと思います。
11月8日中国杯でのフリー演技前の6分間練習での中国のハンヤン選手と衝突事故、事故直後、羽生選手は、起き上がる事も出来ずにリンクに横たわっていましたね…、皆が羽生の出場を断念視する中、頭に包帯を巻き顎には絆創膏を貼り痛々しい姿で演技し、何度も転倒したものの、表現力などが勝り2位という輝かしい成績を収めましたが、翌日、中国杯から帰国した羽生選手は車イスに座り、とても元気な様子には見えませんでした

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羽生選手11月8日&帰国時

日本に帰国してから精密検査を受け、頭部や左大腿など計5か所を負傷し、全治2~3週間と診断されました、中国杯での負傷を追っての出場で「無謀ではないか」「今後の事を考えて、出るのは得策じゃなかった」などの論争も起こり、それが更に注目を集める結果となったのは言うまでもありません、羽生選手は若いせいか回復力も早く、ドクター始め監督からのOKが出て今大会出場を果たし、ファン以外からの注目度も半端なく高くなりましたね

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そのプレッシャーのせいか、ケガのせいかは知る術もないですが、ショートプログラムで登場した羽生選手は、ジャンプで何度もミスをしてしまい28日では、5位という結果で終わってしまいました、ちなみに1位は無良崇人(むらたかひと)1991年2月11日生、3位村上大介(むらかみだいすけ)1991年1月15日生でした。
翌日29日の、フリープログラムでは、羽生選手は4回転がダブルになったり、転倒してしまったりミスしてしまいました、やはりケガで練習出来なかったせいなのか…疲れが出ていたと思います、演技後は、とっても悔しそうに自分の足を叩いて『終わった・・・』と呟いていた程、後にこの事を聞かれた羽生選手は『悔しさからくる終わったです』と心境を話していました。

undefined演技終了後

試合終了後、羽生選手は、インタビューに対して自分に厳しくモノを発した『皆さんが思っているのは、練習出来なかったということでしょうが、そうじゃない、これが僕の実力です』と、羽生選手は今大会が始まる前にインタビューに対して、今回はケガのコトも有って、練習が不十分だったと話していた、でもこれが敗因の原因になってしまったと語る、要は自分に対しての逃げ道を作ってしまった、と言うコト。11月8日の負傷事故での滑走時より点数が低かった事に関しても自分でそれを指摘した、痛かったけどあの時は滑れていたのに、今回は出来なかったと、それはもう自分の弱さでしかない、壁を越えなくてはいけない。と強い決意を語っていました。

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NHK杯が一夜明けた翌日、羽生選手は『昨日は悔しくて結構眠れなかった、夢の中でうなされていた、次の試合に向けて、どうなれば強くなれるか、自分をコントロールして本番で実力を出せるか、夢の中でトレーニングしていた』と、悔しさをバネに、でも次に進もうとする羽生選手のメンタルの強さを見れた気がします。
村上選手と無良選手の表彰に関しては、日本人として誇らしかった、だが自分はそんなに出来た人間ではないので、悔しかった。と正直に心の中を話したあと、12月のファイナルでは、最下位からのスタートになるので、チャレンジャーとして挑みたい上を狙います。と明確な目標が出来て、なんだか嬉しそうにも見えたのでした。

【羽生結弦、激突からの苦しみ、強さ】NHK杯では残念な結果でしたが、これが返って、羽生選手の闘争心を目覚めさせたのではないでしょうか?なんだかファイナルでは、とてつもない結果を残してくれそうで、楽しみです[黒ハート]頑張って下さい。

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錦織圭テニス結果、ランキングは?! [スポーツ]

芸能人ゴシップニュースブログのmihoです。

速報です。錦織圭、全米オープンテニス男子シングル結果、彼女の存在が影響?!

スポーツに、まったく接点がない私、何かを皆様が騒ぐとたちまち”にわかファン”に豹変(笑)というコトで、今回はテニスにはまってみています。と言いますか、私が例外ではなく、テニスを見ていない方の方が多いのでは?でも、今回の錦織圭選手の快挙、日本人として96年ぶりだから、にわかファンも増加するのもうなずけるよね~。

そして、気になる決勝戦は、本日9月9日AM6時開始(日本時間)対戦相手はマリン・チリッチ(クロアチア)選手
気になる結果は
1回戦 3-6 
2回戦 3-6
3回戦 3-6
惜しくも0-3で錦織圭選手は敗れ、準優勝という結果でした。惜しかったですね~。
2014
実は、錦織圭選手と相手のチリッチ選手の過去の対戦成績は、錦織圭選手が5勝2敗、4月でのバルセロナ・オープンの試合では錦織圭選手がストレート勝ちしてるんですよね~、なので勝てない相手では決してない、とのコトで今回の敗因の1つに、試合後錦織圭選手が『(以前の試合結果で)勝てる相手だという、おごりがあった』と話しているんですよね。技術的には、大差無い、残すは精神的な部分、あ~スポーツは奥が深いんだな~って本当に思いました私。

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錦織圭選手ってどんな人?という方の為に---
KEI・NISHIKORI(ケイ・ニシコリ)、ニシキオリじゃなくてニシコリさんなんですね~(ってすみません無知で)1989年12月29日(24歳)178cm右利き、島根県松江市出身、5歳でテニス開始、2001年全国小学生テニス選手権大会で優勝(錦織圭11歳)。
2003年日本テニス協会会長盛田正明テニスファンドの対象選手となり留学する為に渡米、この時錦織圭若干13歳。小さいのに偉い!!としか言えませんね~ぇ、いくら好きな事とはいえ、言葉だって通じなくて不安だったでしょう・・・、それ以降はアメリカ合衆国フロリダを拠点としてテニスで活躍しています。
2003年オレンジボウル選手権で準優勝、こちらの大会ジュニアテニス選手の登龍門といわれる大会だそうですょ、それを準優勝だなんて、やはりテニス才能がアリアリですね。
2005年世界スーパージュニアテニス選手権大会で準決勝迄進出、ダブルスでも出場していてそちらでも準決勝迄進出して、ベスト4の成績を収めています(錦織圭15歳)。
2006年1月全豪オープンをダブルスで出場しベスト4の好成績を収め、6月の全仏オープンでダブルスで出場し、日本男子史上初の4大大会で優勝を果たしました、この大会のシングルスでも8強に入っています(錦織圭16歳)。この年からジュニアと並行してシニア大会にも出場するようになり、フューチャーズ大会で1優勝、2ベスト4の成績を収めています、この時年末度ランキング603位、日本人選手では10位、日本のトップ選手の1人に若干16歳でなりました。ホント凄いとしかいいようがないです!!
2007年3月ルキシロンカップ、第4シードで優勝、5月LAテニスオープンUSTA男子チャレンジャーシングルスで準優勝、7月RCA選手権シングルスで、日本男子史上最年少のATPツアーシングルスベスト8を収めました、10月1日プロ転向を発表17歳9ケ月でした、17歳でプロとは…、自分の17歳のアホな時とは大違いだわ(笑)
2008年2月デルレイビーチ国際国際テニス選手権で初優勝を果たす、1992年4月に韓国オープンを制覇した松岡修造さん以来16年ぶり、2人目となりました。4月28日、錦織圭選手は世界ランキング99位に。松岡さん以来の2ケタ台の世界ランキングになりました、ストッックホルム・オープンでは棄権を考えた程の疲労が残っていたにも関わらずベスト4にまで進出しました、なんなんでしょうか・・・この体力?気力かな?(錦織圭18歳)。
2009年2月2日ランキング56位を記録、ATPワールドツアー最優秀新人賞を受賞しました、5月疲労骨折が判明、6月からのテニスの試合を全て欠場、あれだけの運動量、やはり体は悲鳴を挙げてたんですね・・・(錦織圭19歳)。
2010年年俸を棒に振り、ランキングも失ってしまいました、テニス復帰してからは、順調にランキングを回復していきます、錦織圭選手は、色々苦労していたんですね。。。(錦織圭20歳)
2011年1月3日ユニクロと契約、1月17日全豪オープンの同大会で初優勝を収めました、2月14日世界ランキング68位に浮上しましたた、4月全米男子クレーコート選手権では準優勝し、ランキング48位になりました、その後47位に浮上、松岡修造さんのランキングにあと2と迫ってきました、10月17日世界ランキングが30位と発表され日本人男子選手最高を更新、11月スイス・インドア大会では、準優勝をとりました、この大会では、ノバク・ジョコビッチ(世界ランキング1位)に勝利する、という偉業を成し遂げています、ちなみにこの偉業、日本男子では史上初です。この月にソニーとの契約が終了(2008年4月~の契約でした)、ランキングを失ってからの、この復活劇とランキングは素晴らしい!!の一言に尽きますね(錦織圭21歳)。
2012年全豪オープンでは、4大大会で日本人男子シングルス選手初、シード権を得ました、そしてベスト8入りをきめました、全豪で日本人男子がベスト8したのは、なんと80年ぶりだそう、4大大会でのベスト8入りは、松岡修造さん以来の17年ぶりとのこと、ソニー・エリクソンオープンでは、日本人初ベスト16入りをした、この時腹筋を痛め途中棄権、回復に1ケ月程かかってしまいました、その後のロンドンオリンピックはベスト8に進出、楽天ジャパン・オープンでは、ツアー優勝を飾りました、錦織圭選手は日本人として初めてツアーを2勝した選手、この大会後ランキングが自己最高の15位を記録、世界の15位ですよ~本当に想像を絶します(錦織圭22歳)。
2013年ランキングを13位に、その後ランキング11位に浮上した(錦織圭23歳)
2014年3月マイアミ・マスターズ出場、準決勝迄進んだが、左股関節の痛みにより棄権、4月バルセロナ・オープン・バンコ・サバデル大会で優勝を果たしました、5月マドリード・マスターズに出場、決勝迄進むも途中棄権で惜敗、大会後ランキングは9位となりました。とうとう、1ケタ台です!!シティ・オープン大会後、右足親指故障で親指嚢胞手術をし治療に専念しました、治療明けで出場した今回の全米オープンでは、冒頭でお伝えした結果となりました。

いや~錦織圭選手の経歴、かなり端折りましたけど、凄いですね~ぇ殆どテニス漬け。。。大会大会って感じでした。疲労はたまらないんでしょうか・・・。
ちなみに今大会の成績も一応
1回戦・ウェイン・オデスニクに3-0で勝利
2回戦・ハブロ・アンドゥハール2-0(3セット目は相手棄権)で勝利
3回戦・レオナルド・マイエルに3-0で勝利
4回戦・ミロシュ・ラオニッチに3-2で勝利、この試合時間4時間19分
準々決勝・スタニスラス・ワウリンカに3-2で勝利、この試合時間4時間15分
準決勝・ノバク・ジョコビッチに3-1で勝利、この選手世界ランキング1位
決勝・マリン・チリッッチに0-3でストレートで惜敗
この結果アジア出身選手の世界ランキング最高位8位となりました。

なんなんでしょう、ケガからすぐの復帰戦なのに、この素晴らしい結果!!私のみならす、にわかファンが急増するのもうなずけます!!(笑)

そして、こんな偉業を成し遂げた彼を支えた影の功労者が、前からお互いに”フィアンセ”です、と公言している、元新体操選手の坪井保菜美さん(25歳)

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優しそうな女性ですね~、私知らなかったんですが、2008年に福原愛さん(卓球で有名な)と熱愛?報道が流れていたんですね~、テニスと卓球か~なんて妙に納得しちゃいました(笑)福原さんと破局後、錦織さんには目立った噂などは無かったみたいですね~、今回の婚約者のこの彼女とは、交際は3年半とも言われていますので、錦織さんはお相手を大切にするタイプな一途な方なのかな~って思っちゃいました。2013年9月には、彼女を連れて故郷の両親に挨拶に行ったそうです、なんでも『世界ランキング10位以内に入ったら結婚します』と宣言したとか?何はともあれ、テニスをやるにあたって精神的な支えになったのはキット間違いないと思う存在の保奈美さん。いつまでも、お幸せに~。

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ちなみに、マタマタ余談ですが、錦織圭選手の今回のテニスの賞金は1億5千万と言われています、今回の成績に伴い、ユニクロが用意したボーナスが1億円、他のスポンサーさんもボーナスを支払うみたいです。が、その額は今の時点では明確になっていませんね~、でもトータルでボーナスの金額は、賞金金額を軽く超えるだろう、と言われています。
錦織圭選手の経済効果は現時点でも絶大で、WOWWOWなどの加入者が急増したとのこと、ユニクロさんでも、錦織圭モデルの洋服が完売してるとのこと、これから錦織圭選手は凱旋帰国する訳ですけど・・・、きっと錦織圭フィーバーは私達の想像を絶するんじゃないでしょうか~wao

錦織圭選手本当にお疲れ様でした!!おめでとう!!








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